東京地方裁判所 平成5年(特わ)2989号 判決 1995年3月03日
本籍
東京都目黒区柿の木坂二丁目一四番
住居
東京都目黒区柿の木坂二丁目一四番一四号
無職(元ナイトクラブ経営)
澤邉道子
大正一二年五月一七日生
本籍
東京都台東区秋葉原一一番地
住居
東京都足立区伊興四丁目四番三号
会社役員
澤邉博文
昭和一八年三月一四日生
右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官長島裕、同金澤勝幸、弁護人笠井浩二(被告澤邊道子関係)、同鎌田久仁夫(被告人澤邊博文関係)各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
一 被告人澤邊道子を懲役二年及び罰金六〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金三〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。
二 被告人澤邊博文を懲役一年六月に処する。
この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人澤邊道子は、東京都目黒区柿の木坂二丁目一四番一四号に居住し、同都中央区銀座八丁目六番二二号銀座ピアースビル三階において「クラブバーディー」、同区銀座八丁目三番一一号和恒ビル四階において「クラブヴェルサイユ」の名称でナイトクラブを経営していたもの、被告人澤邊博文は、同澤邊道子の右ナイトクラブ経営に係る所得税の確定申告事務等の税務関係業務を担当していたものであるが、被告人両名は、共謀の上
第一 被告人澤邊道子の所得税を免れようと企て、前記「クラブバーディー」及び「クラブヴェルサイユ」は同被告人が経営する店舗であるにもかかわらず、同被告人の長女中島加壽子が右各店舗の経営者であるかのように装い、同女名義を用いて右ナイトクラブ経営による事業所得に係る所得税の確定申告を行うなどの方法により所得を秘匿した上
一 平成元年分の実際総所得金額が一億九五四六万二八四五円、分離課税による長期譲渡所得金額が一三〇七万〇八七七円(別紙1修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成二年三月一五日、東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号所在の所轄目黒税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が一一四六万六九七七円、分離課税による長期譲渡所得金額が一三〇七万〇八七七円で、これに対する所得税額が二七二万七三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額九三八一万〇八〇〇円と右申告税額との差額九一〇八万三五〇〇円(別紙2ほ脱税額計算書参照)を免れた
二 平成二年分の実際総所得金額が一億四九八〇万九八一〇円(別紙3修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成三年三月一五日、前記目黒税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が一四六二万五七〇〇円で、これに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると一二五万六二八一円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六五三四万八二〇〇円と右還付税額との合計額六六六〇万四四〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れた
三 平成三年分の実際総所得金額が一億一二九八万七七三四円(別紙5修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成四年三月一六日、前記目黒税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が一六三八万〇九六三円で、これに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると三六万六九六〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四七二一万〇七〇〇円と右還付税額との合計四七五七万七六〇〇円(別紙6ほ脱税額計算書参照)を免れた
第二 被告人澤邊道子が経営する前記ナイトクラブのホステス等の源泉徴収に係る所得税の納付を免れようと企て、別紙7一覧表記載のとおり、平成三年一月から同年一二月までの間、いずれも東京都中央区銀座八丁目六番二二号銀座ピアースビル三階の同被告人の事務所において、前記「クラブバーディー」及び「クラブヴェルサイユ」のホステス及び従業員等に対し毎月支払った報酬及び給料等の額は合計九億〇三四〇万九二〇三円で、これに対し源泉徴収して国に納付すべき所得税額は合計八三四八万三一四八円であったにもかかわらず、前記中島加壽子を納付名義人として合計四三二〇万六六二七円しか納付せず、もって、右徴収して納付すべき所得税額と右納付済み所得税額との差額四〇二七万六五二一円を国に納付しなかった
ものである。
(証拠の標目)
括弧内の甲番号は、証拠等関係カード(検察官請求分)の証拠番号である。
判示事実全部について
一 被告人両名の当公判廷における各供述
一 第一回公判調書中の被告人両名の各供述部分
一 被告人両名の検察官に対する各供述調書
一 福田和江の検察官に対する供述調書
判示第一の各事実について
一 中島加壽子及び内山裕志の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の売上調査書、商品売上調査書、雑収入調査書、サービス料収入調査書、期首商品棚卸高調査書、仕入調査書、期末商品棚卸高調査書、租税公課調査書、特別地方消費税調査書、ホステス報酬調査書、給料賃金調査書、出演料調査書、地代家賃調査書、水道光熱費調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、事務用品費調査書、消耗品費調査書、広告宣伝費調査書、装飾費調査書、接待交際費調査書、衣装費調査書、スカウト費調査書、支払手数料調査書、顧問料調査書、会議費調査書、図書印刷費調査書、損害保険料調査書、衛生費調査書、福利厚生費調査書、修繕費調査書、減価償却費調査書、貸倒損失調査書、雑費調査書、給与収入調査書、給与所得控除調査書、有価証券調査書及び領置てん末書(二通)
一 検察事務官作成の搜査報告書二通(甲12、62)
判示第一の一及び三の各事実について
一 大蔵事務官作成の退職金調査書
判示第一の一の事実について
一 大蔵事務官作成の車両除却損調査書
一 押収してある所得税確定申告書二袋(平成六年押第五〇一号の1、4)
判示第一の二及び三の各事実について
一 大蔵事務官作成の建物調査書
判示第一の二の事実について
一 検察事務官作成の搜査報告書(甲56)
一 押収してある所得税確定申告書二袋(同号の2、5)
判示第一の三の事実について
一 大蔵事務官作成の寡婦控除調査書及び扶養控除調査書
一 押収してある所得税確定申告書二袋(同号の3、6)
判示第二の各事実について
一 大蔵事務官作成の不納付源泉所得税額調査書(甲40)
一 検察事務官作成の搜査報告書(甲53)
(法令の適用)
一 罰条
1 被告人澤邊道子
判示第一の各所為につき、いずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項(判示第一の一及び二の各所為の罰金刑の寡額は、刑法六条、一〇条により平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)、二項(情状による)
判示第二の各所為(別紙7一覧表の番号毎)につき、いずれも刑法六〇条、所得税法二四〇条一項(同一覧表の番号1ないし3の各所為の罰金刑の寡額は、前と同じ)、二項(情状による)
2 被告人澤邊博文
判示第一の各所為につき、いずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項(判示第一の一及び二の各所為の罰金刑の寡額は、前と同じ)
判示第二の各所為(別紙7一覧表の番号毎)につき、いずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二四〇条一項(同一覧表の番号1ないし3の各所為の罰金刑の寡額は、前と同じ)
二 刑種の選択
1 被告人澤邊道子 いずれも懲役刑と罰金刑の併科
2 被告人澤邊博文 いずれも懲役刑
三 併合罪の処理
1 被告人澤邊道子
懲役刑につき、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第一の一の罪の刑に法定の加重)
罰金刑につき、刑法四五条前段、四八条二項(判示各罪の罰金額を合算)
2 被告人澤邊博文
刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第一の一の罪の刑に法定の加重)
四 労役場留置
被告人澤邊道子 刑法一八条
五 刑の執行猶予
1 被告人澤邊道子 懲役刑につき、刑法二五条一項
2 被告人澤邊博文 刑法二五条一項
(量刑の理由)
一 本件は、判示のとおり、銀座で老舗の高級ナイトクラブ二店(以下「本件クラブ」という)を経営していた被告人澤邊道子(以下「被告人道子」という)及び同被告人の従兄弟で本件クラブに係る税務関係業務を担当していた被告人澤邊博文(以下「被告人博文」という)が、共謀の上、<1>本件クラブ経営による被告人道子の事業所得を秘匿し、平成元年分から平成三年分までの同被告人の所得税合計二億円余を免れたという虚偽過少申告ほ脱犯の事案と<2>被告人道子が源泉徴収義務者であるホステス等の毎月の報酬等について、平成三年一月から一二月までの間に源泉徴収して納付すべき所得税のうち四千万円余を納付しなかったという源泉徴収所得税(以下「源泉税」という)不納付犯の事案である。
<1>の犯行についてみると、ほ脱額は前記のとおり高額である上、ほ脱率も通算約九四・二パーセントと高率である。本件においては、中島加壽子(以下「中島」という)名義で本件クラブ経営による事業所得の申告がなされているが、第三者名義による申告は法の全く予定していないところであり、これを納税義務者である被告人道子の申告と評価することはできない。被告人らは、本件クラブの経営者が中島であるかのように装い、同女名義で事業所得を過少に申告するとともに、被告人道子は本件クラブから給与を得ていたとして虚偽過少申告をしていたものである。さらに、申告の際に財産債務明細書を提出することを免れるため、被告人道子の所得金額が二千万円を超えないように収入及び経費を適当に圧縮した収支計算書を作成するとともに、税務調査を免れるという意図のもとに、税務署に強いという風評のある団体に依頼して被告人道子及び中島名義の各確定申告書を作成提出していたものであり、犯行態様は悪質である。
<2>の犯行についてみると、不納付額は前記のとおり高額である上、不納付率も通算約四八・二パーセントと低いとはいえない。被告人らは、ホステス等の人数・源泉徴収額を適当に圧縮した内容虚偽の一人別源泉徴収簿を作成した上、これを基にして経理担当者に中島名義の納付書を作成させていたものであって、犯行態様は悪質である。しかも、右犯行は、合理的な所得税の徴収方法として採用され、国及び納税義務者にとって大きな効用を果たしている源泉徴収制度を悪用したものであり、ホステス等から徴収して翌月の納期限までに納付すべき源泉税を自らが費消するために納付しないという点で、横領行為的な性質を有していると評価できる。
ところで、被告人らが本件各犯行に及んだ経緯は、次のとおりである。すなわち、本件クラブは、昭和五九年八月まで被告人道子が統括する会社が経営し、その後は同被告人が個人で経営していたものであるが、この間の昭和五八年春ころ、被告人博文は、被告人道子に相模湖畔でのホテル経営を持ち掛けたところ、事業転換を考えていた同被告人はこれを承諾した。しばらくして、被告人博文は、金融機関からホテル建設資金の融資を受け易くする実績作りのため、本件クラブのホステス等から徴収した源泉税等を納付しないで定期積金に充てるよう依頼したところ、被告人道子は、前記団体と関係があって税務署対策に自信を見せる被告人博文を信頼して、これに応じた。その結果、被告人らは、昭和五九年一月分から昭和六三年二月分までの本件クラブ経営に係る源泉税を全く納付せず、結局、それらはホテル建設にあたって借入金等の返済に充当された。また、源泉税を納付しなかった関係で、昭和六二年分までの被告人道子の事業所得の申告もしなかった。一方、被告人らは、昭和六〇年一二月前記ホテルを開業したが、経営不振が続いて昭和六二年六月これを売却し、結局、被告人道子は約四億五千万円の損失を被った。この間。被告人らは、ホテル経営を続けるか否かで対立して不仲になっていたが、その後、知人のとりなしで話し合うなどした結果、本件クラブ経営による事業所得の申告額及び源泉税の納付額を徐々に増やし、将来的にはこれらを適正に行うこととするが、それまでの間に所得税の過少申告や源泉税の一部不納付によって留保した資金で被告人道子の前記損失を補填し、引き続いて税金面を担当する被告人博文は、その報酬等として毎月二〇〇万円の支払を受けることになった。さらに、被告人博文の提案で、これまでの事業所得の無申告や源泉税の不納付が発覚しないように、被告人道子と同居する中島の住民票を足立区へ移した上、同女名義で所得税を申告し、源泉税を納付することにした。以上のようにして、被告人らは本件各犯行に及んでものであって、その動機には格別酌量すべき事情はなく、本件各犯行は計画的であり、被告人らの納税意識は極めて希薄であるといわなければならない(被告人らは、公判において、本件各犯行への関与態様につき、お互いに相被告人が主導的立場にあったと供述して責任のなすり合いをしているが、後記のとおり、いずれの供述もそのまま信用することはできない)。
また、後記のとおり、被告人道子において本件各本税等を納税しているものの、<1>の所得税及び<2>の源泉税の各附帯税のうち一億円以上が未納となっている。さらに、被告人らは、国税当局による調査段階において、中島と通謀して本件クラブの経営者は同女であると言い張り、本件クラブ経営による事業所得の帰属を偽ろうとしており、犯行後の情状も良くない。加えて、本件のようなほ脱犯及び不納付犯に対しては、一般予防の必要性も高いといわなければならない。
二 以上の情状を踏まえ、被告人らについて個別の情状を検討していくこととする。
1 被告人道子について
被告人道子は、<1>の納税義務者、<2>の源泉徴収義務者である上、昭和四九年に本件クラブに係る所得税法違反及び法人税法違反(「バーディー」は、同被告人が統括する有限会社が経営していた)により懲役八月(二年間執行猶予)及び罰金七〇〇万円に処せられた同種前科があるのに、性懲りもなく本件各犯行に及んだものである。しかも、被告人道子は、本件各犯行で留保した資金を自宅の新築資金や有価証券の購入資金に充てるなどして資産形成を図っているのであり、犯情は悪質である。被告人道子は、公判において、被告人博文にホテル経営の失敗による損失の補填を要求したことはなく、同被告人に押し切られる形で本件各犯行に及んだと供述するが、被告人らは各検察官調書において、本件各犯行により被告人道子の前記損失を補填しようとしたと一致して供述している上、現実に同被告人は本件各犯行により留保した資金で資産形成を図っていることに照らすと、同被告人の右公判供述を全面的に信用することはできない。
他方、被告人道子は、<1>の所得税本税及び<2>の源泉税本税を完納している上、地方税を含めた未納分についても、同被告人が所有する資産を売却して納付すべく努力をしていること、前記のとおり、被告人道子が本件各犯行に及ぶについては、税務署対策に自信を持っていた被告人博文の影響がかなりあったと認められる上、所得税の申告額や源泉税の納付額も同被告人が決めていたこと、本件各犯行の刑事責任自体は認め、それなりに反省の態度を示していること、本件がマスコミで報道されたことで相応の社会的制裁を受け、現在では本件クラブの経営からも身を引いていること、現在七一歳と高齢であり、健康状態も万全ではないことなどの酌むべき事情も認められる。
以上のほか、被告人道子についての一切の情状を総合考慮すると、同被告人の刑事責任を重く、同被告人は主文の懲役刑及び罰金刑は免れないところであるが、同被告人を実刑に処することはいささか躊躇されるので、主文のとおり懲役刑の執行を猶予することとした。
2 被告人博文について
被告人博文は、前記のとおり、被告人道子にホテル経営を持ち掛け、源泉税を納付しないで積み立てることを承諾させるなど本件各犯行の遠因を作っている上、所得税の申告額及び源泉税の納付額を決め、内容虚偽の収支計算書及び一人別源泉徴収簿を作成し、税務署に強いという風評のある団体に確定申告書の作成提出を依頼するなど本件において重要な役割を果している。しかも、被告人博文は、右のような工作を担当した報酬等として毎月二〇〇万円を受け取っていたのであって、犯情は悪質である。被告人博文は、公判において、被告人道子からホテル経営の失敗や源泉税の流用の責任を追及され、同被告人の言いなりになって本件に及んだと供述しているが、被告人らの各検察官調書や被告人道子の公判供述等に照らすと、そのまま信用することはできない。以上によれば、被告人博文の刑事責任も軽視することはできない。
他方、被告人博文には、かなり以前の交通関係の罰金前科二犯以外に前科はなく、現在は本件クラブの経営には関わっていないこと、本件各犯行の刑事責任自体は認め、それなりに反省の態度を示していることなどの酌むべき事情も認められる。
以上のほか、被告人博文についての一切の情状を総合考慮すると、同被告人に対しては主文の懲役刑に処するとともにその執行を猶予するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 被告人道子・懲役二年及び罰金六〇〇〇万円、被告人博文・懲役一年六月)
(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 中里智美 裁判官 野口佳子)
別紙1 修正損益計算書
別紙2 ほ脱税額計算書
別紙3 修正損益計算書
別紙4 ほ脱税額計算書
別紙5 修正損益計算書
別紙6 ほ脱税額計算書
別紙7